"音楽を中心にした、おもしろくて、大きな円を。" 『PURRE GOOHN / Utae』

2016/07/01

 

 

音楽を中心にした、おもしろくて、大きな円。


 

『PURRE GOOHN』という、ユニークな新鋭音楽レーベルが、東京にあります。

2014年にサウンドアーティスト『田中晴久』氏によって設立されたこのレーベルは、ポップ、アンビエント、エレクトロニカ、ノイズミュージック、実験音楽など、音楽ジャンルとして振り幅の大きな作品を生み出しているのが特徴なのですが、不思議とその大きな振り幅の中に、共通項のようなものを感じます。

 

そしてこの『PURRE GOOHN』の中でも、今注目を集めているアーティストが『Utae』さん。自身の音楽活動のみならず、楽曲提供を行う作曲家、モデル、ラジオパーソナリティと多岐にわたる活動に加え、作品のアートワークや、映像編集も自分で手がけてしまうという才女です。そして彼女にもやはり、様々な種類の活動の中に、共通のなにかを強く感じるのです。

 
<Utae>
 
今回、そんなユニークなレーベル運営を行っている『PURRE GOOHN』レーベルオーナーの『田中晴久』氏と、そのアイコンを担っていくであろう『Utae』さんのおふたりに、インタビューを行わせて頂きました。
 
 
真っ赤な名刺と、「少食」と。

 
ーー今日は、よろしくお願いします。
 
Utae:よろしくお願いします。
 
田中:はい、よろしくお願いします。
 
ーー聞きたいことはたくさんあるのですが、まず田中さんと、Utaeさんが出会われた経緯が気になっていて。
 
田中:最初『Night Walk』をもらったんだよね、Utaeちゃんから。
 
Utae:そうでしたね。えっと… 船で。
 
<Utae/Night Walk>
 
ーー船?
 
田中:『Jicoo』(ジクー)っていう、ライブイベントや、クラブイベントができる船があるんです。そこでイベントがあったのでお邪魔したら、Utaeちゃんが偶然いて。
 
Utae:そうだ、そうだ。わたしその日、「日の出」駅から船に乗ったんです。
 
ーー日の出から、ジクーへ。
 
Utae:はい(笑)。
 
田中:そのイベントでUtaeちゃんにはじめて挨拶したんですけど、その場で名刺を渡されたんですね。赤い名刺を。
 
<Haruhisa Tanaka>
 
ーー赤い名刺?
 
Utae:はい。自分で作った、真っ赤な名刺があって。
 
田中:それがものすごく、インパクトあったんです。それで、パッとその名刺の裏を見たら、「少食」って書いてあって(笑)
 
ーーすごいですね、そのエピソード(笑)。
 
Utae:(笑)
 
田中:「なんだこの子は?」と思いつつ、そのあともらった曲を聴いてみたら、すごく良くて。だから、楽曲の良さと、名刺のインパクトを含めたキャラクターがおもしろいなぁと思ったのが、最初の出会いでしたね。
 
 
『エンヤ』と洋楽と、J-POP。

 
ーーあの、Utaeさんの活動をみていると、飄々と垣根を越えていくひとなんだなぁと感じるんです。音楽活動以外のお仕事もそうだし、あと音楽自体にも、晴れと雨のような二面性があるなと感じて。
 
Utae:うれしいかも…。ありがとうございます。
 
ーーでも、共通した印象として「曇り」を感じるというか。雨でも、曇りのち雨だったり、晴れでも、曇りのち晴れだったり、起点は「曇り」のような感じがするんですね。
 
Utae:たしかに…。よく「暗い」と言われます(笑)。今年リリースした『toi toi toi』なんかは、とくにそうかもしれないです。制作期間に入院しちゃって、病室の中でパソコン広げてつくったので。しかも季節的に、梅雨の真っ只中だったので。
 
<Utae/toi toi toi (official teaser)>
 
ーー(笑)。でも、かと思えば『YUKIUTA』のような曲があって。あっちは完全に、晴れの曲ですよね。そういうUtaeさんの二面性って、どこにルーツがあるんだろうって思ったんです。
 
Utae:なんだろう…。わたし、小学校の低学年のときに『エンヤ』のことが、ほんっとに大好きで。
 
<Utae/YUKIUTA>
 
ーー小学校低学年で、『エンヤ』(笑)。
 
Utae:幼稚園のころから、『天才テレビくん』を観ていたんですけど、音楽コーナーでたくさん洋楽が流れていて。それをすごく聴いてたんですね。それで洋楽いいなぁって思ってるところで『エンヤ』に出会って、感動しちゃって。『冷静と情熱のあいだ』って映画の予告編に使われていた『Book of Days』って曲なんですけど。
 
田中:変わってますよね。
 
Utae:小学2年生くらいだったんです、そのとき。それで、友だちにその曲をオススメしたり、無理やり聴いてもらったりしてたんですけど、全然良さをわかってもらえなくて。「なんでこれをわかってもらえないんだろう?」って、ずっと疑問に思ってたのを覚えてます。
 
<Enya/Book Of Days>
 
ーー小学校2年生のとき気持ちをずっと覚えてるって、よっぽどだったんでしょうね。
 
田中:よっぽど悔しかったというか、根にもってるというか(笑)。
 
Utae:(笑)。それで、『エンヤ』と洋楽全般と並行して、姉の影響で『モーニング娘。』もよく聴いていて。だからそのとき、『エンヤ』と洋楽と、J-POPを混ぜこぜで聴いているって感じで。
 
ーー『エンヤ』と洋楽と、J-POPを混ぜて聴いている小学生…。
 
Utae:ふふ(笑)。それと、ひとり遊びが好きだったんです。家族だれもいないときに、お家の中でお留守番して、音楽を爆音でかけて踊って。
 
ーーへえぇ…。
 
Utae:ひとりで何かをやってる時間が、好きだったんですよね。ひとりで自分のことをビデオで撮って、ニュースキャスターのまねをして「今日のニュースは…」とか言ってみて。今でいう、YouTuber のようなことを、ひとりで楽しんでました。
 
ーーなんだか、ものすごいですねぇ…。
 
Utae:今もそうですけど、自分の世界にこもるのが、すごく好きだったんです(笑)。でも今度、中学生になったら、『YUI』をすごく好きになって、どんどんJ-POPにハマっていって。友だちとカラオケに行くのが、なにより楽しみで。あれ?なんだか全然、まとまってないですね…。
 
ーーいえいえ(笑)。なんだかでも、そういう「混ぜこぜ感」が、Utaeさんの原体験にあるんでしょうかね。
 
Utae:たしかに、そうかもしれないです。
 
 
「ひとりぽつん」があったから。

 
Utae:あとはけっこう、引越しの多い環境で育ったんです。茨城で生まれて、そのあと大阪に行って、東京に行って、福岡に行って、長崎に行って、東京に戻るっていう。
 
<Utae>
 
ーーそんなに。
 
Utae:はい。その中でも、長崎には3年間いたんですけど、高校の3年間をずっとそこで過ごしたんです。しかも、ひとり暮らしだったんですね、その当時。
 
ーーその3年間、すごく気になるんですけど、Utaeさんにとってどんな時間だったんですか?
 
Utae:なんだろう…。いろんなことが深まったというか、そんな時間だったかなぁ。孤独もあったし、その中でDTMのフリーソフトをダウンロードして曲作りをはじめたり、本格的にたくさん音楽を聴きはじめたりして。
 
ーー孤独、ですか?
 
Utae:う~ん…。なんだろう、長崎の日々って、まわりに何もないし、車がないとどこにもいけないような、そんな感じだったんです。マンションみたいなところにひとりで下宿していて、同じように下宿していた同級生もいたんですけど、みんな実家は長崎なんですよね。長崎県内から、高校に通うために下宿してて。
 
田中:そっか。
 
Utae:だから週末になると、みんな実家に帰っちゃうんです。寂しいとかって、特別に思うことはなかったんですけど、がらんとした空間に、ひとりぽつん、としてるみたいな感覚はあって。
 
ーーはぁあ…。なるほど。
 
Utae:でも、その「ひとりぽつん」があったから、インターネットの楽しさにも出会って。どんどん新しい音楽に出会ったり、TwitterでたくさんのひとをフォローしてDMのやりとりをはじめたり、直接会って話を聞いたりして。その頃は、インターネットの中に、自分の居場所があるような気がしました。
 
ーーやっぱりその期間に、たくさん音楽を浴びたんでしょうか?
 
Utae:はい。その高校がデザイン科で、デザインを学んでいたこともあって、作業中はずっと音楽をかけっぱなしにして。Rei Harakami さんや、シガー・ロスも聴きはじめたりして。
 
田中:きっかけは、なんだったの?
 
Utae:サカナクションだったと思います。サカナクションを聴いてて、いいなぁと思ってウィキペディアを調べてみたら、「Rei Harakami に影響を受けて」って書いてあって、そこから入っていくみたいな。
 
田中:当時から、(音楽を)「掘っていくひと」だったんだね。
 
Utae:ふふ(笑)。そうだったかもです。
 
ーーそのときも、聴いている音楽を友だちにオススメしたりしてたんですか?
 
Utae:いや。それがそのときは、好きな曲ほど教えたくなかったんです。「これいいじゃん」って思った音楽は、だれにも教えずに、自分だけの秘密にして(笑)。みんなと話すときは、それっぽい音楽のはなしに合わせて。気に入ったアーティストや作品ほど、自分だけで知ってたくて、だれにも教えたくなくて。
 
田中:可愛いエピソードだね、それ。
 
Utae:『moshimoss』さんを聴いたときは、「これ、絶対だれにも教えないぞ!」とか、勝手に思ってました(笑)。ひみつにしたがりや、でしたね。
 
<Moshimoss/Slow Days It Was Super>
 
Utae:それで聴く量がふえるにつれて、音楽をつくりたい気持ちもふえていって。フリーのDTMソフトで、夢中になって音楽をつくってました。指で一音一音打ち込んでたんですけど、打ちこみすぎて、腱鞘炎になっちゃって(笑)。そのときはもう、一晩中、朝までずーっとつくってたんです。ご飯たべるのも忘れちゃうぐらいで。金、土、日曜日があっという間に過ぎていって、気付いたら月曜日の朝、みたいな。
 
 
かまってほしいし、見て欲しいし。

 
ーー不思議だなぁと思うんです。
 
Utae:不思議ですか?
 
ーーいや、Utaeさんが高校生のときに過ごしてきた時間って、それが男の子だったとしたら、すごく理解できるんです。自分の趣味にぐりぐり没頭していくというか。でも、女の子、特に女子高生って、いちばん外で遊びたい時間ですよね。「女子高生」ってだけで、ある種の華だし。
 
Utae:うん(笑)。
 
ーーその時間をまるっと、「自分のうちがわ」に当てたってことが、すごいなぁって思って。
 
Utae:いや…。ほんとのところでは、憧れてたんです。まさにその、「女子高生」っぽい生活に。中学生のときに東京でいっしょだった子たちが、「原宿行った!」「渋谷行った!」ってやってる様子を、ミクシィに書いてて、すっごい羨ましくて。
 
田中:Utaeちゃんは、東京の暮らしを知ってる分、そう思うよね。
 
Utae:はい。だから学校帰りに、どこかに寄り道するのにすごい憧れて。ミクシィを開けば、自分以外のみんながプリクラ撮ってて、自分だけそこにいなくて。それは寂しかったし、羨ましかったですね。なんだろう、自分だけが違う場所にいて、ずっと外の様子を眺めてるっていうか。
 
ーーあ…。でも、あの、Utaeさんの音楽を聴くと、そこから「外」の景色を見てる感じは、わかる気がします。
 
Utae:えっ。ほんとですか。
 
ーーなんというか、「うちがわ」の音楽なんですけど、その「うちがわ」から外を眺めている感じがするんですよね。それってきっと、高校生時代の、その経験から来てるのかなって今思って。
 
<Utae/Distopia>
 
Utae:あぁ…。たしかに、そうやって音楽に熱中する一方で、「みんな、いいなぁ」って、ずっと思ってたんです。女子高生らしいことしたいし、髪の毛だって染めたいし、帰り道どこか寄ったりもしたいし。
 
田中:そうだよね。
 
Utae:でも実際に今、自分がいる長崎は、電車も1時間に1本だし、駅まで歩いて行くのすら遠いし、友だちと遊ぼうにも、みんな家が遠くてバラバラだし、遊びたいけど会えないし、みたいな。そういう憧れと寂しさは、ずっとあったんだと思います。
 
ーー憧れと寂しさ。
 
Utae:うん、そうですね…。自分の世界にこもるのが好きだけど、それと反するかたちで、外への憧れみたいな気持ちが、今も大きいんだと思います。口には出さないけど、かまってほしいし、見て欲しいし(笑)。
 
 
未来のはなしが、できるひと。

 
ーー田中さんはレーベルオーナーとして、Utaeさんのような所属アーティストを、どういうふうにサポートしていきたいと思っているんでしょうか?
 
田中:う〜ん…。
 
ーーすみません、強引にそっちのはなしにしてしまって(笑)。
 
Utae:(笑)
 
田中:いえいえ(笑)。でも大前提として、アーティスト本人がやりたい活動に、できるだけ答えていきたいと思ってますね。それは音楽活動だけではなくて。Utaeちゃんだったらそれは、モデルとしての活動だったり、作曲家としての活動だったり。そういった機会は、今も意図してふやしていて。
 
 
田中:これからミュージシャンをやっていくなかで、「音楽」はもちろんそうなんですけれど、それプラスアルファの付加価値が絶対必要だと思うんです。だから、そういったアーティストの付加価値を伸ばしてくことを考えてますね。
 
ーーUtaeさんの場合、冒頭にあった「赤い名刺」を渡された時点で、その付加価値は感じていたというか。
 
田中:そうですね(笑)。それはUtaeちゃんだけじゃなくて、レーベル全体としてもそうです。
 
ーー田中さん自身も長くアーティストとして活動してきた中で、それでもやはり、自分自身で『PURRE GOOHN』を立ち上げるに至った想いは、なんだったのでしょうか?
 
田中:やっぱり、自分がアーティストとして活動しているときに感じていた音楽業界に対する「もっとこうなればなぁ」を、『PURRE GOOHN』というレーベルを通じて、実際に「もっとこうしていく」ようにしたかったんですね。
 
 
田中:アーティストとして活動していくと、「明らかにこれをやっても面白くないし、だれにも喜ばれないんじゃないだろうか」というのを、色んな利害関係者のためにやらなければならない場面というのが、あると思うんです。逆に、「これをやったら面白いし、たくさんのひとに面白がってもらえそう」ということでも、そのひとたちの立場を守るために、出来ないこともある。
 
ーーそうですよね。利害関係者が、ふえればふえるほど。
 
田中:そういったものに対して、『PURRE GOOHN』では、やったほうがいいことは前のめりにやっていくし、やらないほうがいいことは、短期的なメリットはあっても、やらないようにする。そう徹底しようと思っていて。
 
ーーそれはなにも特別な方法ではなく、ってことですよね。
 
田中:はい。いろんな切り口というかトピックスを、アーティストがやりたいのであれば、やらせてあげたいんですし。極端に言えば、今の段階でそれが当たる当たらないは、あまり気にしていないというか。1年後、2年後、3年後に、そのアーティストのためになっていることを、積み上げていきたくて。
 
 
 
 
田中:だからレーベルとしても、「未来のはなしができる」ひと、3年後のビジョンをいっしょに描いて、それに向かっていくアーティストとだけ、いっしょにやっていきたいと思っているんですね。色んな思惑に惑わされずに、自分たちで先を見据えてやっていきたくて。
 
 
音楽ジャンル、云々じゃなくて。

 
田中:『PURRE GOOHN』ってレーベル名には、あえて『〇〇レコーズ』って、つけなかったんです。音楽はもちろん根幹にあるんだけど、レーベルとして、ブランドになっていきたいという気持ちがあって。
 
ーーはいはい。
 
田中:音楽側面だけを考えれば、うちって「レーベル買い」が難しいなぁはずなんです。Utaeちゃんのようなポップな要素をもっているアーティストもいれば、ノイズもあるし、エレクトロニカもあるし、声だけで作った音楽もあるし、インストゥルメンタルもある。それぞれの音楽ジャンルだけを考えると、高低差がすごく大きい。DOMMUNE の 宇川直宏さんにも「レーベル、落差すごいよ!」って言われたことがあって(笑)。
 
<Haruhisa Tanaka_Space>
 
ーー(笑)
 
田中:だけど実は今、レーベル買いをしてくれるひとが出てきてるんです。それがすごくうれしいし、間違ってなかったぞと思える瞬間で。
 
ーーあぁ…。きっとそれって、音楽ジャンル云々じゃないんでしょうね。
 
田中:そう、そう。表層の音楽ジャンルだけでレーベルを好きになってもらうではなくて、レーベルとしての「期待度」や「信頼度」を感じてくれているんだと思うんです。レーベルに所属するアーティストやリリースする作品に関しては、たとえジャンルはバラバラであっても、みんなその「期待度」や「信頼度」という意味で、僕の中では、同じ文脈の中にいて。それがレーベルとしての共通言語になっているというか。
 
ーーその感じ、すごく伝わります。それできっと、その共通言語に共感してくれたひとたちが、レーベル買いをしてくれるんでしょうね。
 
田中:はい。それが、すごくうれしいし、励みになりますね。
 
 
音楽を中心に、大きな円を。

 
ーー最後に「これからどうなっていきたいか」を、伺わせてください。まずは、Utaeさんからですかね?
 
Utae:そうですね…。自分のやってることを通じて、色んなひとと繋がっていきたいなって、想いがあります。まとまってないですけど…。自分で「自分を見てくれるひとたち」というのを、作っていきたいなって。わたし、根っこのところでは、かまってちゃんなんですけど、その「かまって」を言えないタイプで(笑)。だけど、その気持ちを音楽にこめたり、自分の活動にこめたりすると、たくさんのひとが気付いてくれて。
 
ーーうん、うん。
 
Utae:あと今うれしいのが、昔の友だちから連絡が来るんです。
 
ーーそれはあの、長崎時代にミクシィで見ていた…?
 
Utae:はい(笑)。「あのとき、連絡なかったのに!」とか「えっ!このひとがわたしのCD買ったの?」みたいなひとたちから、連絡が来て。それこそ、10年以上連絡をとってなかったひとたちが、ずっと疎遠になったと思ってたけど、実は見てくれてたり、気にかけてくれてたりすることがわかって。それが、ほんとうにうれしいんですね。だから今度は、その先にいる「これから初めて会うひとたち」と出会っていくのが、すごく楽しみです。そんな感じですかねぇ…?
 
田中:うん、いいと思う。
 
Utae:ふふ(笑)。
 
田中:『PURRE GOOHN』としては、今のUtaeちゃんのはなしもそうだと思うんですけど、やっぱり音楽という根幹はありつつも、それに付随したアーティストの価値や、レーベルの価値っていうものを、どんどん高めていきたいですね。音楽を中心に、アーティストと、そのアーティストのファンや関係者たちと、その円をおもしろく、大きく描いていければと。
 
(おわり)
 
 
 
PURRE GOOHN
 
2014年にサウンドアーティスト、レコーディングエンジニアの田中晴久により設立された東京を拠点とするレコードレーベル。国籍、ジャンルに囚われないボーダーレスで独創性溢れる音楽をリリースしている。http://purre-goohn.com/

 

Utae
 
ドリームポップシンドローム。作曲家、モデル、ラジオパーソナリティと活動の幅を広げており”宅録女子”の最終形態を目指している。また、エレクトロジャズユニット”UN.a”ではゲストボーカルやMV制作で参加。「無理なく楽しく穏やかに」というスタンスで活動中。https://twitter.com/almost_human720

 

 
 

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