Miyoshi Kishikawa
Miyoshi Kishikawa

アーティスト情報

岸川美好私、岸川美好は、生まれたときから目があまり見えず、今では全く見えません。 そのせいで勉強も運動もできず、国語・数学・社会・音楽・体育と全ての教科で通信簿の成績はいつも1ばかりでした。 小学生の頃は友達に馬鹿にされ、先生にも無視されていました。 駆けっこもいつもビリでしたが、盲学校に進学してから体を鍛え始めたら足が早くなりました。そして1964年に開催された東京オリンピックでは、初開催となる第1回パラリンピックに100メートル走で出場し、金メダルを獲得しました。 この金メダルを手にしたとき私はひとつの決心をしました。 これからはできるかできないか分からなくても、目が悪いことを言い訳にせず、何でもやってみようと思いました。 その後私は鍼灸師、マッサージ師、柔道整復師の免許を取得して、結婚したこともあり妻の故郷である佐賀県は嬉野に移りました。 鍼灸院やビジネスホテル、お灸器具の製造販売などいくつかの事業を興しました。 「だれかが助けてくれた」などこれまでに3冊の著作を出版しました。 嬉野町のご当地ソング[ちんどん嬉野極楽音頭]・[肥前嬉野恋の町]の二つの詩を作り、作詞家としてスタートしました。 キングレコードより「春びより」「雪どけ」の二つの曲で歌手デビューしました。 作曲は市川昭介先生です。 歌手デビューの日にNHKの紅白出場を宣言し、それ以来、どこに行っても、だれとあっても、紅白出場の事ばかり言い続けてきました。 するといつの間にか私の思いが天に通じて、私を紅白に出場させてやろうという署名運動が始まりました。 私は夢を実現するために、紅白出場のお願いをNHKの会長に直訴しようと、長崎から東京までの1500キロを妻と二人で歩く決心をしました。 出発から95日後、NHK放送センターでは、センター長が出迎えてくださり、私達夫婦の想いと、全国の人から頂いた39700名分の署名を受け取って頂きました。 盲導犬の普及のために日本全国47都道府県の知事を表敬訪問しました。 私の盲導犬「アロマ」が人間以外で初めて住民票をもらいました。 盲導犬育成支援のために「アロマ基金」を設立し、チャリティーイベントを開催したり、チャリティーCDアルバムを発売しました。 障害者の雇用を積極的に行ない、厚生労働大臣賞を頂きました。 私のこれまでの活動や人生は、私のホームページにてご覧頂くことができます。 http://kishikawamiyoshi.com
ジャンル:演歌/日本伝統活動エリア: 日本
リアルミュージックファクトリー